Thought Forms' Jamboree

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上げた記事は数日後が完成形

タルパとIFの違いって何なんだろう?

「IF兼タルパ」は存在する説と考察って難しいよねって話。

Wikipediaで調べてみた

Wikipediaの「タルパ」と「イマジナリーフレンド」の項を見てみると、

タルパ(英: tulpa)は、神智学・神秘主義・超常現象における概念であり、霊的・精神的な力によって作成された存在や物体を指す用語である。現代では、意識を持ち、比較的自律的な意志を有すると作成者によって考えられている、イマジナリーフレンドの一形態を表すために使用されている。

イマジナリーフレンド(英: Imaginary friend)とは、心理学、精神医学における現象名の1つである。学術的にはイマジナリーコンパニオン(IC)という名称が用いられる。「想像上の仲間」や「空想の遊び友達」などと訳されることは多いが定訳はない。




両者の違いって?

Wikipediaでは「それが何であるか」について冒頭で言っているので冒頭の文章を見比べてみると、
タルパは「神智学・神秘主義・超常現象における概念」
イマジナリーフレンドは「心理学、精神医学における現象名」
だと書かれている。


要は見方の違いではないか?

タルパだと思わしき存在にオカルトフィルターを通して見ればそれは「タルパ」と呼ばれるし、心理学/医学フィルターを通して見れば「イマジナリーフレンド」と呼ばれるのではないか?



※ここで言いたいのは「タルパとIFは同義語」という訳ではなく、「タルパでもありIFでもある存在」をタルパと呼ぶかIFと呼ぶかはその人がその存在をオカルト的に見るか心理学・医学的に見るかで変わってくるということ。つまり「タルパでもありIFでもある存在」と「そうでない存在」があるということ。




「全てのタルパはIF」説

タルパはIFの一形態である。

この文章を噛み砕くと「IFの形はいくつかあり、その内の1つがタルパである」という事になるから、
タルパ⊂IF
つまり全てのタルパはIFなんじゃないか?という考えが浮上する。



ここに異論はあるかどうか分からないけど精神科医でタルパのことをタルパって言ってる人いなくてどんなタルパも「イマジナリーフレンド」と呼ぶから「タルパ⊂IF」は間違っていないと思う。
「タルパという言葉を知らない」というのもあるけど知っていたとしても医者は「タルパ」とは言わず全てイマジナリーフレンドに引っ括めるはずだ。

正確には医者の事例だけでは「タルパ⊂IF」の他に「タルパ=IF」も考えられるけど、両方の言葉を知っていて「IFではあるけどタルパではない」という思念体は存在するからイコールではないはず。

↑……ってな事言ったら例外もある事ない???と思ったので考察続けよう。




「タルパ⊂IF」か? 「タルパ=IF」(完全なる見方の違い)か?

これは発生型を採用するかタルパでないと見なすかで変わってきそう。
なぜなら発生型タルパ(意図せず現れたタルパ)とIFは非常に似通っていて違いを説明するのが困難だからだ。


発生型採用派

俗に言われるIFのイメージと発生型タルパはほぼ同じ、というか私は俗に言われるIFと発生型タルパは同義語という考え方をしているからその考えで行くと「全てのIFはいずれかのタルパの型に分けられる」という事になる。

Wikipedia式(医学・心理学優先)で考えると「全てのタルパはIFである」となるが、多くのタルパーさんはIFをタルパとは別物として考えているので多くのパターンでタルパと呼ばれないIFを「俗に言われるIF」とする。



発生型を採用するということは「意図的に作るのがタルパ」「訓練が必要なのがタルパ」って区別をしないという事だからそれ以外でタルパかどうか区別する方法ある?その時点でオカルト的に見るかどうかの違いだけに留まってない?つまりIFとタルパって同義語じゃね?という疑問が生じる。

発生型採用した時点でどのIFにもタルパの型適用できるんじゃね?

「私の所はIFなんだ~!型分けなんかしたくない~!!!」という気持ちの問題、あるいは情報が揃っていなくて正確な分類ができないというのはあるかもしれないけど現時点でのタルパの分類法はほぼ全ての出会い方が揃っているからそれをIFにも適用できるんじゃね?という話。



IF持ちが「イマジナリーフレンド」という語句を知らずにタルパの型について調べていたら「いつの間にか居たから発生型タルパという分類だね!」というような解釈をする事も可能ではないか?
知っていても「うちのIFって発生型タルパも当てはまるんじゃね?」と思うことは少なからずあると思う。人によるか。

あたしは発生型タルパだけどIFとも言えるね☆

↑要はこういう存在が増えるという事。



もう一度言うけど…
発生型採用したらIFとタルパの境界線無くなる事ね!?

その人がオカルト的要素を適用したいと思えば知らん間に現れても「タルパ」だし、オート化の訓練をしていなくてもオート化概念を適用させて「はじめからオート化してます!」とか言えるじゃん。



発生型を適用させちゃえば「タルパ=IF」になるんだよ。




発生型否定派

発生型をタルパでないと見なすとなれば、発生型タルパに当たる存在が「タルパではないIF」となる。
よって「タルパ=IF」は成り立たず、「タルパ⊂IF」となる。

IFの中でもタルパ式分類法に当てはまる存在を「タルパ」と呼び、そうでないIF(発生型タルパに当たる存在)を「IF」と呼ぶという区別が可能だ。
※今回はタルパとIFの違いについて話しているので一般的にIFと混同されない邂逅型について深入りする事はしません。




重要点:明確な定義が無い

タルパには「この手法により作成される」みたいな一定の基準が無い。

個人的に作り方を紹介している人はいるけど正しいやり方や共通の方法は存在しない。
あったとすれば一定の手順に沿って作られた存在のみをタルパとする、とできるがそれができないのだからタルパをタルパだと定義付けるための訓練法は存在しないという事だ。



オート化の基準も「タルパ側から話し掛けてきたら」とか「会話がスムーズになったら」とか人によって違うし、五感化も「タルパがそこに居ると感じられれば良い」から「肉眼で見えるようになるまでが訓練」まである。
個人的には「肉眼で見えるとか不可能じゃないか?ティッシュ浮かせるアレは客観的に可能不可能が言えるけどその人が何を見ているかは本人にしか分からないからそれを証明するのは無理だし嘘も言える」と思うのだが……(もし本当ならごめんなさい。私は見えません。)



このように「訓練」という言葉は使うのに「どのような訓練をするか」や「どこまで訓練するか」が明確に定められていない。



「訓練が必要なのがタルパ」となれば

IFがいるんだけど肉眼では見えないから見えるようになりたい!
よし!訓練始めよう!

とか言っちゃったら「タルパ」になる。(これが変遷型ってやつか…)



「はじめから作るのがタルパ」というのもあるけど、「はじめ」ってどこからなんだろう?全てにスタートは存在してそれに気付かないだけなのでは?という疑問が生じる。

実際に作っている過程は同じで意識的/無意識でタルパか否かに分けるのはおかしいように感じる。
私は意識的か無意識かで言い分けられる言葉を他に知らない。

「そこ分ける必要ある?」と正直思う。



「あれ?どうなんだろう?」って思ったやつ

なりきりをしていたらオート化したというパターン。



創造型タルパーだとオート化のためにタルパにアカウントを持たせて会話をするという事が多いのだけど、タルパを知る前に

好きぴのなりきりアカウント作って~、毎日話しかけてたら知らない間に向こうからも話しかけてくるようになったの~

↑というパターンだったら創造型とは呼ばないのはなんで???



「なりきりしてたらキャラが勝手に話し掛けてきた」って発生型に分類されるっぽいけどなんで???

それある意味訓練じゃね???



それを意識してやってたら創造型で、それを訓練だと知らなくて「知らない間に~」と思っていたら発生型なの?なんで???



↑というような疑問がいまだにあります。





本当に謎。




結論

「オート化」「五感化」などオカルトや訓練の要素を適用したのがタルパで「訓練関係無い!」ってのがタルパでないIFだと思うんだけどどうなんだろう?

私はそうやって言い分けてる。




挿入型について

※元々は「挿入型」は「タルパでないものをタルパに入れる」という変遷型的な意味で使われていたみたいだが、そっちの意味ではなく広く知れ渡っている「ぬいぐるみや人形にタルパの素となるものを入れたタルパ」という意味で使う。

アレってタルパなんだろう?ってずっと思ってる。

概念は存在するんだけど、幼い子供が人形に人格を入れてイマジナリーフレンドにするアレPO(Personified Object;人形やぬいぐるみなど物体の擬人化。IFの一種であるという意見もIFとは別物だという意見もある。)も挿入型タルパになるのか?と考えると「ちょっと違うような…」と違和感を感じる。



繰り返し言うが、タルパはオート化や五感化について意識するものだと思う。



幼い子供は「どれだけ会話がスムーズか」とか「どれだけ見えるか」とか意識していないからね。
同じく「IF持ち」と名乗る人も、オート化や五感化に無頓着な(自分は関係無いと思う)人が多い。「IFがオート化」とか「完オートのIF」とか聞いた事ないし。五感化を適用させる人は極僅かにいるのかな?


だから「IFかタルパか」を言い分けている根拠的なものは「オート化や五感化を意識するかどうか」ではないかという結論に至った。

「意識的に作るのがタルパ」と言う意見も「訓練が必要なのがタルパ」と言う意見も両方オート化や五感化を意識しているし、なんとなくではなく自分の思念体はタルパだと思ってその言葉を使っている人でオート化や五感化について(訓練しなくとも)自分のタルパがどの程度か意識しなかった人はいないと思う。……居るのかな?
居ないとすればそういう基準でいいと思うけど……。



私の意見としては

発生型をタルパとして扱うのなら、タルパとIFは同義語となり、IFにもタルパの型分類を当てはめることが可能となる。よって、タルパとIFの明確な境界線は無い。

また、医療の場ではタルパは全てイマジナリーフレンドに引っ括めるため医学的に考えれば全てのタルパはイマジナリーフレンドだと言える。
Wikipediaにも「タルパはイマジナリーフレンドの一形態」という表記がされている。

ただ、違いを述べるとすればタルパはオカルト的に見たものでIFは心理学・医学的に見たものだ。
「オカルト的に見てタルパだと見なす」とはどのような事か考えてみた結果、オート化や五感化について意識することではないかという結論に至った。



うーん…やっぱり分類関連って難しいよね。